資産5,000万円で手に入れた「会社への反論権」。私が2億円で即リタイアを考える理由

よっちゃん

こんにちは、よっちゃんです。
本業が忙しく、かなり久しぶりの更新になってしまいました。

資産の集計もしばらくサボっていたのですが、久しぶりに確認すると、総資産は5,500万円を突破。念願だった「準富裕層」の仲間入りです。

資産5,000万円と聞くと、「もう人生クリア」「お金の心配は一切ない」と思われるかもしれません。でも、実際に到達してみると、そんなことはありませんでした。

リタイアできるほどではない。それでも、お金との付き合い方や仕事への向き合い方は、想像以上に大きく変わりました。

今回は、資産5,000万円を超えた今だからこそ感じる、リアルな心境を書いてみたいと思います。

  • 世間のイメージと現実のギャップ
    • 資産5,000万円超。「準富裕層」「上位10%の勝ち組」とネットではもてはやされるが、当事者の実感としては驚くほど普通であること。
  • この記事のテーマ
    • リタイアできるわけではないけれど、日々の生き方や仕事へのスタンスは劇的に変わった。自由への「片足」を突っ込んだ男の、生々しい脳内と「その先の明確な出口戦略」を語る。
目次

会社(特にクソ営業部長)に、言いたいことを言い合える「盾」

サラリーマンが上司に忖度する「正体」

それは、「ここで干されたら生活できない」という経済的な人質を握られているからだと思います。

住宅ローン、家族の生活費、教育費……。毎月の固定費がある以上、多くの人は会社を失うわけにはいきません。だから、本当は「それは違う」と思っていても飲み込み、理不尽な指示にも従わざるを得ない。その構造自体は、ある意味で当然のことです。

5,000万円がもたらした「無敵感」

「最悪、今すぐクビになっても数年〜十数年は何一つ困らない」というバックボーンができました。

その結果、めっちゃ嫌いなクソ営業部長が理不尽なことを言ってきても、以前のように「波風を立てないように」と考えることはありません。笑顔で、しかし極めて冷徹に、「それは違います」と、自分の信念を曲げずに言えるようになったのです。

また、市場(自分の場合は韓国)を攻略する上で、営業部長は現場を知らない・センスが無いゆえに、頓珍漢な指示を出してくることがあります。そんなときも、「おかしいですよ。そんなんじゃ韓国市場は攻略できません」と、遠慮なくズバッと言います。

昔なら、「評価が下がるかもしれない」「出世に響くかもしれない」と考えて黙っていたでしょう。でも今は、その恐怖がありません。自分の生活が会社に100%依存していないという事実が、精神的な自由を与えてくれたのです。

「仕事なんて、どうでもいいや」という境地

もちろん、仕事を適当にやるという意味ではありません。

むしろ、自分が本当に価値があると思う仕事には以前より真剣に向き合っています。一方で、意味のない会議、社内政治、上司の機嫌取りといった「会社のためだけに存在する仕事」に対しては、「そこに自分の人生や精神を削る価値はない」と割り切れるようになりました。いわゆる「窓際FIRE」という生き方(窓際FIREについては以下参照)。

いい意味での開き直りが生まれたことで、過度なプレッシャーから解放されました。会社の評価よりも、自分の信念や市場での成果を優先できるようになったことは、お金以上に大きなリターンだったと感じています。

結局、お金が与えてくれた最大の価値は、贅沢ではなく「自由に発言できる権利」だったのです。

細かい節約から卒業し、「価値」と「心地よさ」に投資するようになった

「500円のラテは高い」と思っていた頃

以前の私は、500〜600円のカフェラテを買うことすらためらっていました。

「家でコーヒーを淹れれば半額以下なのに」
「この500円を投資に回した方がいいのでは」

そんな風に、数十円、数百円の支出をいつも気にしていました。

もちろん節約は大切です。しかし、細かなお金を気にし続ける生活は、思っていた以上に心を消耗させていたのです。

今では、ほぼ毎日のようにスターバックスでラテを買います。昔の自分から見れば考えられない変化でしょう。

買っているのはラテではなく、「快適な時間」

今の私は、ラテそのものにお金を払っている感覚はありません。

静かな店内、落ち着いた空間、安定したサービス、そして「少し仕事を整理しよう」「一息つこう」と気持ちを切り替えられる時間。その体験全体に価値を感じています。

500円で集中力が高まり、気分が整い、仕事や生活の質が上がるのであれば、それは浪費ではなく投資です。

以前のように「安いか高いか」だけで判断することは、ほとんどなくなりました。

「ケチるストレス(生活のノイズ)」からの脱却

資産が増えて一番変わったのは、お金の額ではありません。

「これは買ってもいいだろうか」
「今月は使いすぎではないか」

そんな小さな葛藤が、ほとんどなくなりました。

多少まとまった出費があっても、必要なものなら淡々と支払うだけです。精神的に大きく揺さぶられることはありません。

振り返ると、生活の満足度を下げていたのは、お金そのものではなく、「ケチらなければ」という思考のノイズでした。

本当に価値があるサービスや快適な環境には、気持ちよくお金を使う。そのほうが毎日の幸福度は高く、結果として人生全体のコストも安い。今はそう確信しています。

それでも、まだ完全な自由ではない。だから私は資産2億円を目指す

「自由への片足立ち」だからこその恐怖

総資産5,000万円に到達したことで、お金に対する考え方は大きく変わりました。

日々の支出に神経質になることはなくなり、精神的な余裕も生まれています。

それでも、「この資産だけで家族を一生支えられるか」と問われれば、答えはまだ「No」です。

資産収入だけで生活費を賄い、教育費や想定外の出費まで含めて家族を守り切るには、まだ心許ない。

だからこそ、今すぐ会社を辞めるという選択には踏み切れません。

経済的自由に向かっている実感はありますが、まだ「片足だけ自由の世界に入った」状態なのです。

第1目標:40代前半での「1億円(億り人)」到達

私にとって5,000万円はゴールではなく、通過点です。

これまで通り積立投資を続け、資産運用のペースを維持できれば、40代前半で総資産1億円も十分に視野に入っています。

1億円という数字は単なるキリの良い目標ではありません。

資産から生み出されるリターンも大きくなり、「資産がお金を生み出す力」を実感できるステージだからです。

この水準に到達すれば、精神的な安心感は今とは比べものにならないでしょう。

最終目標:資産2億円

そして、自分の中で明確に決めている最終目標があります。

それが、総資産2億円です。

この水準まで到達すれば、資産運用だけでも生活を支えられる可能性が大きく高まり、会社という組織に経済的に依存する必要はほとんどなくなると考えています。

その日が来たら、迷うことなく会社を卒業し、自分の時間を自分のため、そして家族のために使う人生を選びます。

だからこそ、今の私は焦っていません。

5,000万円も、1億円も、すべてはそのゴールへ向かう途中経過。

そう考えられるようになったこと自体が、資産形成で得られた一番大きな変化なのかもしれません。

まとめ

5,000万円は、人生の主導権を取り戻すためのマイルストーン

総資産5,000万円は、私にとって「もう働かなくてもいい」というゴールではありません。

家族を支えながら完全な経済的自由を手に入れるには、まだ道半ばです。

それでも、この数字を超えたことで、お金に振り回される人生から、自分で選択できる人生へと確実に変わりました。

理不尽なことには「NO」と言える。
納得できる仕事に集中できる。
快適な時間や心地よい環境には、気持ちよくお金を使える。

私にとって5,000万円は、お金が増えたこと以上に、「人生の主導権」を取り戻した瞬間でした。

もちろん、まだゴールではありません。

2億円という目標も、その先にある自由も、まだこれからです。

それでも以前とは違います。

私はもう、お金のためだけに生きるのではなく、自分で選んだ人生を歩けるようになりました。

だから今日も、自分のペースで働き、家族との時間を大切にしながら、未来の経済的自由へ向けて資産を育てていこうと思います。

その心強さを胸に、私は今日も自分のペースで働き、家族との時間を大切にしながら、未来の経済的自由へ向かって資産を育て続けようと思います。

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